伊能忠敬

今年は伊能忠敬が亡くなって200年の節目の年です。

 

忠敬は、17歳から50歳までを過ごした千葉県香取市で、酒造りなどの商売をし、繁盛しました。

 

ところが忠敬は49歳で家業を譲り、夢だった天文暦学(星を観測して暦を作る学問)を学ぼうと江戸に移りました。

 

当初の夢は、日本地図を作る事ではなく、「地球の大きさを測る事」でした。

 

でも地球を1周して測ることは出来ません。そこで緯度=1度分の長さを測り、360倍にすることで地球1周の長さを求めようとしました。

 

緯度1度は、江戸から宇都宮(栃木県)くらいですが、できるだけ遠くまで測れば、より正確な値が求められます。そこで正確な地図がこれからの日本に必要である。と幕府に訴え、地図作りの名目で測量が始まりました。

 

出典 朝日小学生新聞7月2日より一部抜粋

 

伊能忠敬の経歴は初めて知りました。現在の日本地図の基盤は、伊能忠敬の功績が大きいですね!